車中泊と旅行者血栓症(エコノミークラス症候群)〜リスクとなる薬剤について

2024年元日に令和6年能登半島地震が発生しました。
被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

今回も過去の災害と同様、車中泊をなくされるケースが増加すると予想されます。
そのため、この記事の情報が活用されることも考え、修正を行いました。(2024.1.3修正)

熊本地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
まだ余震が続いており不安な状況が続いているとは思いますが、一日も早い復興・復旧をお祈りしています。

熊本地震の報道の中で、震災関連死の原因となる旅行者血栓症(エコノミークラス症候群)が多発していることが報道されていますが、今回はそのことについてまとめてみようと思います。

旅行者血栓症(エコノミークラス症候群)とは?

元々、旅行者血栓症はエコノミークラス症候群と呼ばれていましたが、エコノミークラスだけではなくファーストクラスを含む飛行機による旅行、列車旅行など長時間座席に座って移動する際に発生しやすいことから、旅行者血栓症と呼ばれるようになりました。
また、旅行に限らず、オフィスでのデスクワーク、長時間の会議、劇場・映画館なども原因となり、「動作が少なく長時間同じ姿勢」が続くことがリスクとなrます。

正式には静脈血栓塞栓症といい、深部静脈血栓症(Deep vein thrombosis:DVT)と肺血栓塞栓症(Pulmonary embolism:PE)をさします。
上記の厚生労働省の資料から抜粋してみます。

  • 車中で寝泊まりするなど、長時間足を動かさずに同じ姿勢でいると静脈に血の固まり(深部静脈血栓)ができ、この血の固まりの一部が血流にのって肺に流れて、肺の血管を閉塞してしまう(肺塞栓症)ことにより、生命の危険を生じる可能性がある病気です。
  • 大腿から下の脚に発赤、腫脹、痛みが出現したり、胸痛、息切れ、呼吸困難、失神等の症状が出現したりします。
  • 高齢者、下肢静脈瘤、下肢の手術の既往、骨折等のけが、がん(悪性腫瘍)、深部静脈血栓症・心筋梗塞・脳梗塞等の既往、肥満、経口避妊薬の使用、妊娠中または出産直後、生活習慣病(糖尿病、高血圧、高脂血症等)がある方は、特に注意する必要があります。
  • 災害やその避難生活による種々の環境で、この病気がより発生しやすくなるとの指摘があります。

下肢に生じた血栓が肺に流れこみ、肺の血管をふさいでしまうことにより、命を脅かす症状です。

エコノミークラス症候群の予防方法

同じく厚生労働省のリンクから抜粋です。

  • 長時間同じ(特に、車内等での窮屈な)姿勢でいることは避ける。
  • 歩くなど、足を動かす運動を行う。
  • 適度な水分を取る。

今回の熊本地震では車中泊をされている方が多いこと、また水分摂取が十分に行えていないこと等が多発している原因と考えられます。

弾性ストッキングによる下肢血栓の予防

上記以外では、弾性ストッキングの着用が予防に推奨されています。
下肢表面の細い血管を圧迫することでその血管の圧力を増すことと、大きな血管の血流を増やすことにより、血栓をできにくくする効果があります。

薬剤による影響を考える

エコノミークラス症候群が起こりやすい状況で、注意すべき薬剤は何でしょうか?

利尿作用をもつ薬剤

災害時は水分摂取を十分に行えないケースがあります。
供給の問題もありますが、トイレの環境が十分に整っていない環境では、できるだけトイレの回数を減らそうと水分摂取を避けることもありえます。
そんな中、利尿作用を持つ薬剤を服用している場合、脱水を起こす可能性が高まります。

脱水は血液凝固を進め、血栓を生じやすくさせてしまいます。
被災地で水分摂取が困難な状況で利尿作用を持つ薬剤を服用し続けると、血栓を生じやすい状態になってしまう可能性があります。
そういった意味で気をつけるべき薬剤には

  • 利尿剤
  • テオフィリン製剤(テオドール、テオロング、ユニフィル等)
  • SGLT2阻害剤(スーグラ、フォシーガ、ルセフィ、アプルウェイ、デベルザ、カナグル、ジャディアンス)

があげられると思います。
また、カフェインやアルコールも利尿作用をもつので注意が必要です。
SGLT2阻害薬は糖の尿中排泄を促すと同時に、利尿薬としての性質を持つので注意が必要ですね。

大事なのは、これらの薬剤を服用しているとエコノミークラス症候群になるというわけではなく、その要因となってしまう可能性があるということです。
これらの薬剤の服用を続けないと病状が安定しない場合、自己判断で中止することで、返って危険な状態になってしまう可能性が高いです。
服用中の被災者の方は、医療従事者に今の生活状態を含めて相談し、服用すべきかどうかの判断を仰いでください。

エストロゲン関連製剤

女性ホルモンのひとつであるエストロゲンが血栓を作りやすくします。
なので、妊娠中はもちろん、経口ピル等のエストロゲン製剤を服用している場合も、エコノミークラス症候群になりやすくなってしまいます。

  • エストロゲン製剤
  • アロマターゼ阻害薬(アリミデックス、アナストロゾール、アロマシン、フェマーラ)
  • SERM(Selective Estrogen Receptor Modulator:選択的エストロゲン受容体調節薬/エビスタ、ラロキシフェン、ビビアント、ノルバデックス、タモキシフェン)

こちらの薬剤も、エコノミークラス症候群のリスクとはなりえますが、服用を中止することによるデメリットの方が大きい可能性がある薬剤です。
医療従事者の方に相談し、今後の服用、生活上の注意を判断してもらう必要があります。

エビスタ・ビビアントとエコノミークラス症候群

SERMの中でも、特にエビスタ(ラロキシフェン)とビビアントについて、添付文書を見てみます。
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禁忌
(次の患者には投与しないこと)

  1. 深部静脈血栓症、肺塞栓症、網膜静脈血栓症等の静脈血栓塞栓症のある患者又はその既往歴のある患者[副作用として静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、網膜静脈血栓症を含む)が報告されており、このような患者に投与するとこれらの症状が増悪することがある(「重要な基本的注意」及び「副作用」の項参照)。]
  2. 長期不動状態(術後回復期、長期安静期等)にある患者[「重要な基本的注意」の項参照]

重要な基本的注意

  1. 本剤の投与により、静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、網膜静脈血栓症を含む)があらわれることがあるので、次のような症状があらわれた場合は投与を中止すること。また、患者に対しては、次のような症状が認められた場合には直ちに医師等に相談するよう、あらかじめ説明すること。

症状下肢の疼痛・浮腫、突然の呼吸困難、息切れ、胸痛、急性視力障害等

  1. 静脈血栓塞栓症のリスクの高い患者では、治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ、本剤の投与を考慮すること。

静脈血栓塞栓症のリスク要因:外科手術、重大な外傷、加齢、肥満、悪性腫瘍等。長期不動状態(術後回復期、長期安静期等)に入る(3日※)前に(※)本剤の投与を中止し、完全に歩行可能になるまでは投与を再開しないこと
※()内の斜体となっている文書はエビスタのもの

重大な副作用
静脈血栓塞栓症(ビビアント:頻度不明、エビスタ:0.2%※):深部静脈血栓症、肺塞栓症、網膜静脈血栓症、表在性血栓性静脈炎があらわれることがあるので、下肢の疼痛・浮腫、突然の呼吸困難、息切れ、胸痛、急性視力障害等の症状が認められた場合には投与を中止すること。
※国内臨床試験(治験)311例及び長期使用に関する特定使用成績調査6967例における発現頻度。

骨粗鬆症の治療については、中止してもすぐに大きな影響が出ないことが多いとは思います。
なので、骨粗しょう症治療で服用しているSERM(エビスタ・ラロキシフェン・ビビアント)については、一時休薬となる可能性が高いかもしれませんね。

ステロイド製剤

添付文書には記載はありませんが、ステロイド製剤(吸入薬を含む)がエコノミークラス症候群のリスクになるという研究結果がいくつか報告されています。
ただ、ステロイドに関しても、安易な休薬は危険です。
医療従事者の方に相談し、今後の服用、生活上の注意を判断してもらう必要があります。

まとめ

自分自身、今回、実際に被災地を訪れているわけではありませんが、もし、その現場に居合わせた場合、何に着目するかという視点でまとめてみました。
特にSERMについては、休薬と判断されるケースが多いのではないでしょうか?
通常の診療においても、入院中や怪我による療養中等、休薬となるケースが多い薬剤ではあります。
上に挙げた以外にも、エコノミークラス症候群のリスクとなる薬剤はあるかと思いますが、すぐに思いつけるよう、日ごろから準備をしておかなければならないと、改めて実感しました。

最後に。
記事の中にも何回も記載しましたが、もし、上記の薬剤を服用中で、止めた方がいいのではないかと考えている方がいれば、決して自己判断せず、医師か薬剤師に相談してください。
たしかに、エコノミークラス症候群のリスクはありますが、その薬が処方されているということは、その薬をやめることによるリスクも大きいということです。

 

医療用医薬品情報提供データベースDrugShotage.jp

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