平成26年9月11日、PMDAから医薬品適正使用のお願いが公開されました。
「アンジオテンシンⅡ受容体拮抗剤(ARB)及びアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤の妊婦・胎児への影響について」
http://www.info.pmda.go.jp/iyaku_info/file/tekisei_pmda_10.pdf
以前より、ARBとACE阻害剤は胎児への影響が報告されており、妊娠中は禁忌とされていましたが、国内において胎児への有害事象が認められたという症例が見られるため、今回の注意喚起が行なわれました。
Yahoo!ニュースでも以下の記事が公開されました。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6131319
※しばらくするとリンクが無効になるかもしれません。
報告された有害事象は、過去3年間(2011〜2013)で、28例63件。
そのうち、ARBによるものは25例58件(妊婦18件、胎児・新生児40件)、ACE阻害剤によるものは3例5件(妊婦1件、胎児・新生児4件)でした。
妊娠中に高血圧薬を使用するにはどのようなケースがあるんでしょうか?
妊娠前から高血圧など降圧が必要な疾患であるため降圧剤を服用しているケースと、妊娠中に妊娠高血圧症(妊娠中毒症)になった場合が考えられます。
報告を見てみると、妊娠前から高血圧でARBやACE阻害剤を使っていて、そのまま妊娠してしまうっていうケースが多いようです。
ですが、今回は妊娠中に使用可能な降圧剤に加えて、妊娠高血圧や授乳中の降圧剤についても合わせて復習してみようと思います。
妊娠高血圧症候群
以前は妊娠中毒症と呼ばれていたものが、2005年から妊娠高血圧症候群と呼ばれるようになりました。
妊娠中毒症
以前は妊娠中期〜後期(妊娠20週〜分娩後6週)に高血圧、尿蛋白、浮腫のいずれかの症状が見られるのを妊娠中毒症と呼んでいました。
ですが、その後の研究により、胎児や母体に悪影響を与える原因となるのは高血圧が主なものであることがわかってきました。
その結果、妊娠高血圧症候群と言う定義が生まれ、妊娠中毒症という考え方は使われなくなりました。
妊娠高血圧症候群
妊娠中の高血圧こそが胎児や母体にとって悪い影響を与えるという考え方に基づいて、妊娠中毒症に変わって定義されたのが妊娠高血圧症候群です。
妊娠20週〜分娩後12週に高血圧、もしくはそれに加えて蛋白尿が見られる場合、妊娠高血圧症候群と診断されます。
妊娠中毒症の定義にあった浮腫は妊娠浮腫、単独での尿蛋白は妊娠尿蛋白と呼びます。
また、妊娠20週以前より高血圧があった場合や、分娩後12週を越えても高血圧が続く場合は、妊娠とは関係なく高血圧があったと考えます。
妊娠中の高血圧は子宮や胎盤の循環を悪くするため、胎児の発育不全や酸素欠乏症を引き起こしやすくなります。
また、妊娠高血圧症候群は、子癇、脳出血などの脳血管障害、常位胎盤早期剥離、HELLP症候群、肺水腫などのリスクを高めます。
子癪
急激な高血圧により、脳の血流量が増え、脳内に浮腫が生じた結果起こるけいれん発作です。
てんかんでもそうですが、母体のけいれん発作は胎児の酸素欠乏症を招く可能性があります。
また、子癪が続くということは脳の浮腫が悪化し続け、脳ヘルニアを起こしてしまう可能性があります。
また、子癪の原因が脳出血の場合もあります。
いずれの場合も、母体の命に影響します。
常位胎盤早期剥離
妊娠高血圧症候群との関連が示唆されていますが、正常血圧でも報告されています。
妊娠中に胎盤が剥離してしまうもので、妊婦さんの死亡率は5〜10%、赤ちゃんの死亡率は30〜50%と言われています。
HELLP症候群
妊娠後期〜出産後に見られるもので、妊娠高血圧症候群の4〜12%、子癪の50%で発症します。
溶血性貧血、肝機能の悪化、血小板の減少が主な症状です。
HELLPは、Hemolytic anemia(溶血性貧血)、Elevated Liver enzymes(肝逸脱酵素の上昇)、Low Platelet count(血小板の低下)に由来します。
妊娠中の高血圧治療
妊娠高血圧症候群のリスクは上にまとめた通りです。
また、妊娠前からの高血圧も妊娠高血圧症候群のリスクを高めます。
そのため、いずれの場合にせよ、妊娠中の血圧管理は母子のリスクを減らすために大切となります。
高血圧治療ガイドライン
先日、JSH2014についてまとめました。
高血圧治療ガイドライン2014について – 薬剤師の脳みそ
その中で、妊娠高血圧症候群についても記載されています。
積極的治療は行いませんが、160/110mmHgを越した場合は治療開始とされています。
•妊娠20週未満:メチルドパ、ヒドララジン、ラベタロール
•妊娠20週以降:メチルドパ、ヒドララジン、ラベタロール、(徐放性)ニフェジピン(商品名:アダラート)
ARBとACE阻害剤は妊婦禁忌
通常の高血圧治療においては第一選択となる機会の多いARB(ACE阻害剤)ですが、妊娠中は禁忌となっています。
上記を見ればわかりますが、ガイドラインにも挙げられていません。
ARBの添付文書を見てみると、
妊娠中期及び末期に本剤を含むアンジオテンシンII受容体拮抗剤を投与された高血圧症の患者で羊水過少症、胎児・新生児の死亡、新生児の低血圧、腎不全、高カリウム血症、頭蓋の形成不全及び羊水過少症によると推測される四肢の拘縮、頭蓋顔面の奇形、肺の発育不全等があらわれたとの報告がある。
と記載されています。
ACE阻害剤では、
妊娠中期及び末期にアンジオテンシン変換酵素阻害剤を投与された高血圧症の患者で羊水過少症、胎児・新生児の死亡、新生児の低血圧、腎不全、高カリウム血症、頭蓋の形成不全及び羊水過少症によると推測される四肢の拘縮、頭蓋顔面の変形等があらわれたとの報告がある。また、海外で実施されたレトロスペクティブな疫学調査で、妊娠初期にアンジオテンシン変換酵素阻害剤を投与された患者群において、胎児奇形の相対リスクは降圧剤が投与されていない患者群に比べ高かったとの報告がある。
と記載されています。
ほぼ同じ内容なのでまとめてみると・・・。
発生時期:妊娠中期・妊娠末期
副作用:羊水過少症、胎児・新生児の死亡、新生児の低血圧、腎不全、高カリウム血症
催奇形性:頭蓋の形成不全、羊水過少症によると推測される四肢の拘縮、頭蓋顔面の変形、肺の発育不全
ということですね。
このように、ARBとACE阻害剤は胎児はもちろん、母体にも悪影響を与えるため、現時点では、いかなるケースにおいても、妊娠中の使用は禁忌と言えます。
ですが、妊娠していない場合においては、特にARBは第一選択として使用されるケースが多いため、服用している状態で妊娠に気づくのが遅れれば、副作用を引き起こしてしまう可能性が高まります。
ARBやACE阻害剤を服用中の女性に関しては、妊娠を計画する段階で医師へ相談するよう呼びかける必要があるのではないかと思います。
妊娠中は禁忌とされている降圧剤
では、ARBやACE阻害剤以外の降圧剤についてはどうなんでしょうか?
中枢性交感神経抑制薬(中枢性α2アゴニスト)
添付文書上の禁忌薬はなし
メチルドパ(商品名:アルドメット等)がガイドライン上推奨されています。
添付文書では、有益性投与(新生児の浮腫による鼻閉の報告)となっていますが、末期の用量調節で問題ないのではないでしょうか?
また、クロニジン(商品名:カタプレス)も有益性投与(胎盤通過の報告)となっています。
βブロッカー
ラベタロール(商品名:トランデート等)がガイドライン上推奨されています。
他にも、プロプラノロール(商品名:インデラル等)やアテノロール(商品名:テノーミン等)が使用可能ですが、新生児の発育遅延、血糖値低下、呼吸抑制が見られたという報告があるので、そこを踏まえた上で医師の判断ということになります。
カルシウム拮抗薬(CCB)
添付文書上は全ての薬剤が禁忌となっています。
妊娠初期で催奇形性の報告(ニフェジピン)があったのですが、最近では使用の有無による催奇形性の頻度の差は見られなかったという報告もあるので、妊娠初期でなければ降圧剤としての効果・使用経験も多い薬剤ですし、胎盤血流の低下もないということで使用するケースも増えてきています。
その結果、ガイドラインでニフェジピンが推奨されたというわけです。
また、妊娠末期においてはカルシウム拮抗作用により子宮筋の収縮が低下し、分娩の遅延を招くケースがあります。
これにも注意が必要ですが、この副作用を利用して、早産の予防に使用されることもあります。
妊娠の後は授乳
妊娠中に降圧剤を飲むということは、出産後も、少なくともしばらくは降圧剤を継続することが考えられます。
そこで、授乳中に使用できるかどうかを考え、あらかじめ患者さんにもそのことを説明しておく必要があると思います。
妊娠と薬情報センターを見てみましょう。
授乳中に安全に使用できると考えられる薬 | 国立成育医療研究センター
リンク先を見ると、授乳中も使用できる降圧剤は、
ラベタロール(商品名:トランデート)、メチルドパ(商品名:アルドメット、ヒドララジン(商品名:アプレゾリン、ニフェジピン(商品名:アダラート)
妊娠高血圧薬に推奨されている4剤は出産後も問題なく服用できることがわかります。
また、他には、ニカルジピン(商品名:ペルジピン)、ジルチアゼム(商品名:ヘルベッサー)、カプトプリル(商品名:カプトリル)、エナラプリル(商品名:レニベース)、アムロジピン(商品名:アムロジン、ノルバスク) が挙げられています。
ACE阻害剤は授乳は大丈夫なようですね。
まとめ
妊娠の可能性があるもしくは妊娠中の女性に関してはARB、ACE阻害剤は禁忌です。
妊娠していなくても将来的に妊娠する可能性のある女性については薬局から情報提供を行い、妊娠期間中に服用してしまう(そのこと自体による問題は低くても、不安などの精神的なリスクはあるので)前に情報提供を行うことができればと思います。