少し遅くなりましたが、4月に新しく改定された高血圧治療ガイドラインについてまとめてみます。
人間ドック学会発表の血圧基準値と合わせて、高血圧の基準が緩くなったというような報道もされましたが、実際のところどうなのかというのも気になります。
JSH2014の発表
平成26年4月1日、日本高血圧学会は高血圧治療ガイドライン2014(JSH2014:The Japanese Society of Hypertension Guidelines for the Management of Hypertension)を発表しました。
JSH2009からの変更内容
今回の改定での主な変更内容をまとめてみます。
- 診察室血圧よりも家庭血圧を優先することが明確に記載されました。
- 高血圧の診断基準値と血圧の目標値が統一されました。
- β遮断薬が第一選択薬から除外されました。
- 授乳中に服用できる降圧薬の一覧が提示されました。
診断基準
正常域血圧の定義
診断基準については140/90mmHgを高血圧とするのは今までと変わりありません。
140/90mmHg未満をこれまでは正常血圧と呼んでいましたが、正常血圧はさらに、正常高値、正常、至適という亜分類を持つため、高血圧とは診断されない「正常血圧」と亜分類における「正常血圧」が混在する状態でした。
そこで、今回、140/90mmHg未満を「正常『域』血圧」と定めています。
分類 | 収縮期血圧 | 拡張期血圧 | ||
正常域血圧 | 至適血圧 | <120 | かつ | <80 |
正常血圧 | 120-129 | かつ/または | 80-84 | |
正常高血圧 | 130-139 | かつ/または | 85-89 | |
高血圧 | Ⅰ度高血圧 | 140-159 | かつ/または | 90-99 |
Ⅱ度高血圧 | 160-179 | かつ/または | 100-109 | |
Ⅲ度高血圧 | ≧180 | かつ/または | ≧110 | |
(孤立性)収縮期高血圧 | ≧140 | かつ | <90 |
家庭血圧の評価
JSH2009でも家庭血圧の大切さが述べられていましたが、今回、高血圧の診断において、家庭血圧を優先することが明文化されました。
今日、家庭血圧の高血圧診断基準は確立されていることから、高血圧は患者の診察室血圧および家庭血圧のレベルによって診断される。この際、両者に較差がある場合、家庭血圧による高血圧診断を優先する。
アメリカやヨーロッパのガイドラインにおいても家庭血圧の大切さは述べられていますが、診断基準において明確に優先すると記載したのは日本が初めてです。
この背景には高水準な家庭用血圧計の普及があるのかもしれません。
(日本国内では四千万台の血圧計が稼働しており、一世帯に一台の割合になります。)
降圧目標値
JSH2009では高血圧の診断基準は140/90mmHg以上であったにもかかわらず、降圧目標が130/85mmHg未満とされていました。
ですので、高血圧として診断され、治療を開始、血圧130~140になった場合に、高血圧ではなくなったのに、血圧の目標値は達成できないという状態になっていました。
それを解消するために、JSH2014では診断基準と目標値が統一されました。
JSH2014 | JSH2009 | ||
若年者・中年者 | 140/90mmHg | 130/85mmHg | |
高齢者 | 前期 | 140/90mmHg | 140/90mmHg |
後期 | 150/90mmHg認容性あれば140/90mmHg | – | |
糖尿病 | 130/80mmHg | 130/80mmHg | |
CKD | |||
2014:冠動脈疾患2009:心筋梗塞後 | 140/90mmHg | ||
脳血管障害 | 140/90mmHg | 140/90mmHg |
報道などで話題になっている部分が、降圧目標値が130/85mmHgから140/90mmHgと緩和されていることです。
じゃあ、血圧が140/90mmHgより下であればそれ以上下げる意味はないのかと言えばそうではなく、より下げることで心血管病のリスクも下がることが明らかになっています。
ですが、140/90mmHgを目指した介入試験の成績が乏しいことも踏まえて、今回の目標値変更となっているようです。
ちなみに、日本ではお馴染みの「後期高齢者」ですが、この区分にしたのは簡便さを重視した結果?
80歳以上を対象としたものであれば、大規模臨床試験であるHYVET試験(80歳以上で高血圧治療を行う意義を示した試験)があります。(JSH2009ではこれを基に高齢者への高血圧治療が推奨)
エビデンスによる区分も大事ですが、日本の環境による区分も大事と言ったところでしょうか?
使用薬剤
第一選択薬
JSH2009から引き続き、主要降圧薬はCa拮抗薬(CBB)、ARB、ACE阻害薬(ACE-I)、サイアザイド系利尿薬、β遮断薬(αβ遮断薬)の5種類となっており、それぞれに対し、積極的適応や禁忌が定められています。
- 積極的適応
CBB | ARB/ACE-I | サイアザイド | βblocker | ||
左室肥大 | ○ | ○ | |||
心不全 | ○ | ○ | ○ | ||
頻脈 | ○ | ○ | |||
狭心症 | ○ | ○ | |||
心筋梗塞後 | ○ | ○ | |||
CKD | 尿蛋白- | ○ | ○ | ○ | |
尿蛋白+ | ○ | ||||
脳血管障害慢性期 | ○ | ○ | ○ | ||
糖尿病メタボリックシンドローム | ○ | ||||
骨粗鬆症 | ○ | ||||
誤嚥性肺炎 | ACE-I |
- 禁忌・慎重投与
禁忌 | 慎重投与 | |
CBB | 徐脈非ジヒドロピリジン系 | 心不全 |
ARB | 妊娠高K血症 | 腎動脈狭窄症 |
ACE-I | 妊娠血管神経浮腫高K血症特定のアフェレーシス/血液透析 | 腎動脈狭窄症 |
サイアザイド | 低K血症 | 痛風妊娠耐糖能異常 |
βblocker | 喘息高度徐脈 | 耐糖能異常閉塞性肺疾患末梢動脈疾患 |
積極的適応がない高血圧の場合、最初に使用すべき薬剤を第一選択薬として定義しており、主要降圧薬からβ遮断薬がはずされ、Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、少量利尿薬の四種類が第一選択薬とされています。
第一選択薬:カルシウム拮抗薬(CCB:Calcium Channel Blocker)、ARB、ACE阻害剤、少量サイアザイド利尿薬
β遮断薬が除外された理由としては臓器保護作用などのエビデンスの少なさと血糖上昇に伴う糖尿病励起作用が挙げられています。
サイアザイド系利尿剤の方がβ遮断薬よりも強い糖尿病励起作用を持ちますが、低用量であればそのリスクはほとんどないことが知られています。(血糖上昇はあります)
んー・・・。
第一選択薬の定義があまりスッキリしないのは自分だけでしょうか?
乱暴な言い方をすれば、特に当てはまるケースがなければ、四つの中から好きなものを使えばいいよってことですよね?
でも、実際の診療においては、患者さんの状態や医師の経験に基づいた上で一つの薬剤が選択されている訳です。
積極的適応でβ遮断薬を勧めているケースも少なくはないです。
ARB/ACE阻害剤だって高カリウム血症や低血糖がありますし、サイアザイド利尿剤だって尿酸上昇や高血糖があります。
となると主要降圧薬からβ遮断薬だけ除外して、わざわざ第一選択薬を定義したのは何故なんでしょう?
薬価なども加味すればβ遮断薬もよい選択肢だと思うのですが。
この第一選択薬の位置付けがちょっとわかりません。
治療方針
降圧薬の使い方が詳しくまとめられています。
一般的に降圧薬の投与にあたっては、単剤を少量から開始し、投与した降圧薬の副作用が出現したり、ほとんど降圧効果が得られない場合は、他の降圧薬に変更する。
降圧効果が不十分であれば、増量するか、もしくは他の種類の降圧薬を少量併用投与 する。
この場合、降圧薬の量を倍増するよりも、種類の異なった他の降圧薬を少量ずつ併用するほうが良好な降圧効果が得られる。
II 度以上(160/100mmHg以上)の高血圧の場合は、通常用量の単剤もしくは少量の2剤併用から開始してよい。
ただし降圧薬の配合剤は保険適応上第一選択薬となっていない。
ACE阻害薬やARB以外の降圧薬は、増量すると、副作用の出現頻度が増加する。
2剤を併用しても降圧目標に達しない場合は、3剤を併用する。
さらに必要により4剤を併用する。
一部だけ引用しましたがとても勉強になります。
併用や配合剤、冠動脈疾患やその他の疾患を合併するケースについても病期ごとに詳しくまとめられています。
新人の薬剤師さんは是非一度目を通してみてください。
妊婦•授乳婦
妊娠高血圧症
妊娠20週以降で140/90mmHgを越し、分娩後12週までに正常に戻るものを妊娠高血圧症と定義しています。
積極的治療は行いませんが、160/110mmHgを越した場合は治療開始です。
妊娠中に使用可能な降圧剤
JSH2009ではメチルドパ(商品名:アルドメット)、ヒドララジン(商品名:アプレゾリン)、ラベタロール(商品名:トランデート)のみでしたが、JSH2014では妊娠週により分類され、20週以降にニフェジピンが加わりました。
妊娠20週未満:メチルドパ、ヒドララジン、ラベタロール
妊娠20週以降:メチルドパ、ヒドララジン、ラベタロール、(徐放性)ニフェジピン(商品名:アダラート)
授乳中に使用可能な降圧剤
JSH2009では授乳中の降圧剤の使用は原則禁忌(降圧剤を用いないか授乳を中止)とされていましたが、JSH2014では使用可能な薬剤が挙げられています。
- CCB:ニフェジピン(商品名:アダラート)、ニカルジピン(商品名:ペルジピン)、アムロジピン(商品名:アムロジン、ノルバスク)、ジルチアゼム(商品名:ヘルベッサー)
- αβblocker:ラベタロール(商品名:トランデート)
- βblocker:プロプラノロール(商品名:インデラル)
- 中枢作動薬:メチルドパ(商品名:アルドメット)
- 血管拡張薬:ヒドララジン(商品名:アプレゾリン)
- ACE-I:カプトプリル(商品名:カプトリル)、エナラプリル(商品名:レニベース)
妊娠中に使用していた薬剤をそのまま継続することも可能ですね。
まとめ
- 作者: 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会
- 出版社/メーカー: ライフ・サイエンス出版
- 発売日: 2014/04/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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降圧目標値に関しては、個人的には引き上げる必要はなかったんじゃないな?とも思います。
診断値を下回れば、後は薬物療法の強化ではなく、食事療法、運動療法の強化で目標値を目指すとか。
心血管リスクが低下することは記載されているので実際の治療としてはそうなるのだとは思いますが・・・。
細かいところはさておき、JSH2014は治療上の指標として、薬剤師が見ても、とてもわかりやすいものになっていると思います。
過去の高血圧ガイドラインに目を通したことがなければ、この機会に一度、全て目を通してみることをおすすめします。