平成30年7月10日、厚生労働省医薬・生活衛生局は、妊娠中の投与が禁忌とされていた免疫抑制剤について、妊婦に対する投与禁忌を解除し、添付文書の使用上の注意を改訂するよう日本製薬団体連合会に通知しました。
対象となる免疫抑制剤は、タクロリムス水和物、シクロスポリン、アザチオプリンの3剤です。
免疫抑制剤が妊娠中に使用可能となった経緯
今回の改訂で
- タクロリムス水和物
- シクロスポリン
- アザチオプリン
の3成分は妊娠中の投与が可能となります。
まずは何故この3剤が妊娠中は禁忌とされてきたのか?何故、今回の添付文書改訂になったのかについてまとめます。
妊婦禁忌とされていた理由
医薬品の添付文書に記載されている情報は基礎研究や動物実験に加え、人に対する臨床試験の結果に基づいています。
ただし、妊娠中の人への投与については試験を行うことができないため、妊婦に対する投与禁忌の根拠は動物実験での結果に基づくことが多くなっています。
今回、妊娠中禁忌が解除される免疫抑制剤3成分も同様で、動物実験の結果、胎児毒性が見られたことを根拠に、「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」に対しては禁忌であると定められていました。
妊娠中の免疫抑制剤の使用
ですが、臓器移植後や自己免疫疾患など、実際の診療の中では妊娠中であっても免疫抑制剤を使用することがありました。
実際に、産婦人科診療ガイドライン-産科編2017の中にも記載されています。
76ページの「CQ104-2:添付文書上いわゆる禁忌の医薬品のうち、特定の状況下では妊娠中であってもインフォームドコンセントを得た上で投与される代表的医薬品は?」の部分に、アザチオプリン、シクロスポリン、タクロリムス水和物の妊娠中の使用(エビデンスレベルB)について記載されています。
その中で、欧米においては、3剤ともに維持量で投与されていることが欧米における臓器移植後妊娠の許可基準*1*2にされている(投与による有益性が危険性を上回る)ことが紹介されています。
また、アザチオプリンとシクロスポリンについては妊娠中の投与データは限られているが、タクロリムス水和物については、比較的多いデータの中で胎児への有害作用は証明されていない*3ことも紹介されています。
妊婦への投与禁忌解除とする議論
「妊娠と薬情報センター情報提供ワーキンググルー プ委員会」が今回の免疫抑制剤3成分について調査を行いました。
その結果、海外疫学研究では服用した妊婦で胎児の先天奇形の発生率が有意に上昇したという報告はなく、欧米など6か国の添付文書では基本的に禁忌とされていないことがわかりました。
これらの結果を元に、平成30年5月、今回改訂となる免疫抑制剤3成分について「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」への「禁忌」から削除し、「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する」旨の注意喚起に改訂することが適切であると判断されました。
その結果を受け、平成30年6月26日に開催された「平成30年度 第3回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会」の中で「免疫抑制剤3剤(タクロリムス水和物、シクロスポリン、アザチオプリン)の妊婦等に対する禁忌の見直しについて」が議題にあげられました。
資料1-1 免疫抑制剤の使用上の注意の改訂について(概要)
資料1-2 タクロリムスの調査結果報告書
資料1-3 シクロスポリンの調査結果報告書
資料1-4 アザチオプリンの調査結果報告書
この調査会の中で、
- 妊婦に対する禁忌の削除
- リスク情報の追記
- 妊婦に対しては「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与する」のコメント追記
すべきと決定されました。
使用上の注意の改訂指示(平成30年7月10日)
PMDAへのリンクを貼っておきます。
タクロリムス水和物含有製剤の妊娠投与禁忌の解除
各剤形ごとにまとめます。
タクロリムス水和物 経口剤・注射剤(プログラフ、グラセプター等)の添付文書改訂
添付文書改訂の対象となる医薬品の名称は以下のとおりです。
- プログラフカプセル5mg
- タクロリムスカプセル5mg「各社」
- タクロリムス錠5mg「各社」
- プログラフカプセル0.5mg/1mg
- タクロリムスカプセル0.5mg/1mg「各社」
- タクロリムス錠0.5mg/1mg/1.5mg/2mg/3mg「各社」
- プログラフ顆粒0.2mg/1mg
- グラセプターカプセル0.5mg/1mg/5mg
- プログラフ注射液2mg/5mg
(リンクはそれぞれの添付文書)
添付文書改訂内容
添付文書の「禁忌」の項の「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」を削除し、
「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項の妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に関する記載が以下のように変更されます。
6.妊婦、産婦、授乳婦等への投与
(1)妊婦等:妊婦又は妊娠している可能性のある女性には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[動物実験(ウサギ)で催奇形作用、胎児毒性が報告されている3)。ヒトで胎盤を通過することが報告されている4)。妊娠中に本剤を投与された女性において、早産及び児への影響(低出生体重、先天奇形、高カリウム血症、腎機能障害)の報告がある5)6)。]
また、これに合わせて、以下の通り参考文献が追加されています。
主要文献
4)Zheng S et al.:Br J Clin Pharmacol. 76(6):988, 2013
5)Coscia LA et al.:Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol. 28(8):1174, 2014
6)Jain A. et al.:Transplantation 64(4):559, 1997
タクロリムス水和物 軟膏剤(プロトピック等)の添付文書改訂
添付文書改訂の対象となる医薬品の名称は以下のとおりです。
- プロトピック軟膏0.1%
- タクロリムス軟膏0.1%「各社」
- プロトピック軟膏0.03%小児用
(リンクはそれぞれの添付文書)
添付文書改訂内容
添付文書の「禁忌」の項の「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」を削除し、
「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項の妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に関する記載が以下のように変更されます。
6.妊婦、産婦、授乳婦等への投与
(1)妊婦等:妊婦又は妊娠している可能性のある女性には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。〔動物実験(ウサギ、経口投与)で催奇形作用、胎児毒性が認められたとの報告がある1)。ヒト(経口投与)で胎盤を通過することが報告されている2)。〕
また、これに合わせて、以下の通り参考文献が追加されています。
主要文献
1)Saegusa, T. et al.:基礎と臨床 26(3):969, 1992
2)Zheng S et al.:Br J Clin Pharmacol. 76(6):988, 2013
タクロリムス水和物 点眼剤(タリムス)の添付文書改訂
添付文書改訂の対象となる医薬品の名称は以下のとおりです。
(リンクは添付文書)
添付文書改訂内容
添付文書の「禁忌」の項の「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」を削除し、
「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項の妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に関する記載が以下のように変更されます。
6.妊婦、産婦、授乳婦等への投与
(1)妊婦又は妊娠している可能性のある女性には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。〔動物実験(ウサギ、経口投与)で催奇形作用、胎児毒性が認められたとの報告がある1)。ヒト(経口投与)で胎盤を通過することが報告されている2)。〕
また、これに合わせて、以下の通り参考文献が追加されています。
主要文献
1)Saegusa, T. et al.:基礎と臨床 26(3):969, 1992
2)Zheng S et al.:Br J Clin Pharmacol. 76(6):988, 2013
シクロスポリン 経口剤・注射剤(プログラフ、グラセプター等)の添付文書改訂
添付文書改訂の対象となる医薬品の名称は以下のとおりです。
- サンディミュンカプセル25mg/50mg
- シクロスポリンカプセル10mg/25mg/50mg「各社」
- ネオーラル内用液10%/ネオーラル10mgカプセル/25mgカプセル/50mgカプセル
- シクロスポリン細粒17%「ファイザー」
- サンディミュン内用液10%
- サンディミュン点滴静注用250mg
(リンクはそれぞれの添付文書)
添付文書改訂内容
添付文書の「禁忌」の項の「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」を削除し、
「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項の妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に関する記載が以下のように変更されます。
6.妊婦、産婦、授乳婦等への投与
(1)妊婦等:妊婦又は妊娠している可能性のある女性には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。〔動物実験(ラット)で催奇形作用、また、難産及び周産期死亡が報告されている。ヒトで胎盤を通過することが報告されている3)-6)。妊娠中に本剤を投与された女性において、早産及び児への影響(低出生体重、先天奇形)の報告がある7)。〕〕
また、これに合わせて、以下の通り参考文献が追加されています。
主要文献
3)Baxi LV et al.:Am J Obstet Gynecol. 169(1), 33, 1993
4)Burrows DA et al.:Obstet Gynecol. 72(3), 459, 1988
5)Lowenstein BR et al.:Am J Obstet Gynecol. 158(3), 589, 1988
6)Flechner SM et al.:Am J Kidney Dis. 5(1), 60, 1985
7)Coscia LA et al.:Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol. 28(8), 1174, 2014
アザチオプリン(アザニン・イムラン)の添付文書改訂
添付文書改訂の対象となる医薬品の名称は以下のとおりです。
(リンクはそれぞれの添付文書)
添付文書改訂内容
添付文書から以下の内容が削除されます。
- 「禁忌」の項:「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人」
- 「重要な基本的注意」の項:「本剤投与中の患者において、リンパ球に染色体異常を有する児が出生したとの症例報告がある。また、動物実験(ウサギ、ラット、マウス)で催奇形性作用が報告されているので、本剤投与中の患者には男女共に避妊を行わせること。」を削除し、
「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項の妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に関する記載が以下のように変更されます。
6.妊婦、産婦、授乳婦等への投与
(1)妊婦又は妊娠している可能性のある女性には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。妊娠する可能性のある女性には、本剤が有するリスクを説明すること。可能な限り、投与期間中の妊娠を避けさせることが望ましい。[ヒトで胎盤を通過することが報告されている1)。リンパ球に染色体異常を有する児が出生したとの症例報告、出生した児で先天奇形、血球数の減少、免疫担当細胞数の減少が認められたとの報告がある1)〜4)。本剤を妊娠期間中に投与された女性(特に副腎皮質ステロイドを併用した場合)において、早産及び低出生体重児の出産が報告されている。両親のいずれかへの本剤投与に引き続き、自然流産が発現したという報告もある。また、動物実験(ウサギ、ラット、マウス)で催奇形性が報告されている5)〜7)。] (2)パートナーが妊娠する可能性のある男性に投与する場合には、本剤が有するリスクを説明すること。可能な限り、投与期間中はパートナーの妊娠を避けさせることが望ましい。[細菌を用いた復帰突然変異試験及びマウス、ラットを用いた小核試験において、遺伝毒性が報告されている8)~10)。]
(3)授乳婦に投与する場合には授乳を中止させること。[授乳婦の投与に関する安全性は確立していない。]
また、これに合わせて、以下の通り参考文献が追加されています。
主要文献
1)Jharap B, et al.:Gut, 63, 451-457(2014)
2)Cleary BJ, et al.:Birth Defects Res A Clin Mol Teratol, 85, 647-654(2009)
3)DeWitte DB, et al.:J Pediatr, 105, 625-628(1984)
4)Ono E, et al.:Am J Transplant, 15, 1654-1665(2015)
8)Speck WT, et al.:Cancer Res, 36, 108-109(1976)
9)Henderson L, et al.:Mutat Res, 291, 79-85(1993)
10)van Went GF.:Mutat Res, 68, 153-162(1979)
まとめ
今回の添付文書改訂により、これまで適応外使用で対処することしかできなかった、妊娠中の免疫抑制剤の使用継続が保険適応範囲で行えるようになります。
妊婦に対しては臨床試験を行って胎児へのデータを得ることが難しいため、添付文書上は妊娠中は禁忌とされている薬剤が少なくありません。
ですが、実際の臨床では海外での使用経験等を元に使用せざるを得ないケースが存在します。
今回のような添付文書の見直しが進むことで、妊娠中の薬物療法の選択肢が広がればと思います。
ミコフェノール酸モフェチルは禁忌のまま
今回、3成分の免疫抑制剤について妊婦禁忌が解除となりましたが、ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト)については対象外なので注意が必要です。
ミコフェノール酸モフェチルについては催奇形性が知られており、引き続き禁忌となっています。
ミコフェノール酸モフェチル製剤の催奇形性に関する注意点について
*1:EBPG Expert Group on Renal Transplantation:European best practice guidelines for renal transplantation. Section IV: Long-term management of the transplant recipient. IV.10. Pregnancy in renal transplant recipients. Nephrol Dial Transplant. 2002;17 Suppl 4:50-5.(PMID: 12091650)
*2:McKay DB, et al.:Pregnancy in recipients of solid organs–effects on mother and child. N Engl J Med. 2006 Mar 23;354(12):1281-93.(PMID:16554530)
*3:Briggs GG, et al. ed:TACROLIMUS. In:Drugs in Pregnancy and Lactation 10th ed, Philadelphia:Lippincott Williams and Wilkins, 2015;1305-1309