近くの眼科は白内障の手術前にベガモックス点眼液0.5%を三日間使用します。
なのに今日はクラビット点眼液1.5%が処方。
患者さんと話してみても、白内障の手術予定。
併用薬を聞いてみて、何となく意味がわかりました。
併用薬の話に入る前にちょっと復習です。
眼科周術期の無菌化療法
手術前の無菌化療法に適応を持つ眼科用薬を見てみると・・・。
ベガモックス点眼液0.5%(一般名:モキシフロキサシン塩酸塩)、クラビット点眼液1.5%(一般名:レボフロキサシン水和物)やガチフロ点眼液0.3%(一般名:ガチフロキサシン)をはじめとするニューキノロン系点眼薬・眼軟膏はもちろんのこと、ベストロン点眼用0.5%(一般名:セフメノキシム塩酸塩)のようなセフェム系点眼液も適応を持っています。
術後眼内炎
白内障手術の技術は発達し、手術時間の短縮、患者への負担は軽減されています。
ですが、それでも0.03~0.2%程度の患者において術後眼内炎が発症しています。
起炎菌は主にブドウ球菌(MRSA含む)や腸球菌ですが、中には緑膿菌や真菌により発症するケースもあります。
そのほとんどが患者自身の眼周囲の常在菌によるものとされています。
手術環境の清潔・消毒が徹底されている近年においては、患者の眼周囲の常在菌を取り除いた上で手術に望むことが術後眼内炎の最大の予防になるというわけです。
術眼の無菌化療法に関する知見
手術直前にポピドンヨードによる消毒を行います。
術前の抗菌点眼薬投与が具体的にどの程度予防効果を発揮するかはまだはっきりとわかってはいない部分もありますが、一般的に術前の無菌化療法を行うことが推奨されています。
ただし、その際に抗菌薬投与による副作用、医療的コストの増大が危惧されることはもちろん、耐性菌の増加や菌交代症を引き起こすことがないよう注意が必要です。
そのため、モキシフロキサシン(ベガモックス)やガチフロキサシン(ガチフロ)のように広範なスペクトル・強い抗菌作用・優れた角膜内移行性をもつ新世代ニューキノロン点眼薬の使用が一般的となっています。
PK/PD理論に基づいた高濃度レボフロキサシン点眼液(クラビット)についても同様だと思います。
術前無菌化療法と併用薬
クラビットと術前無菌化療法
さて、今日の患者さんとの話に戻ります。
そもそも白内障手術前にクラビット点眼液でも問題はないんです。
ただ、少しだけ引っかかりますよね。
個人的にはこういう引っかかりこそが学びのチャンスと思っています。
もちろん、自己満足のために患者さんを待たせることはないようにしないといけませんが・・・。
さて、患者さんが服用していた薬ですが、リスモダンカプセルcap100mgでした。
クラスⅠaの抗不整脈薬です。
ベガモックス点眼液と相互作用
添付文書を見てみても、ベガモックスと抗不整脈薬に関する相互作用の記載はありません。
不整脈等の心疾患への処方が禁忌と言う訳でもありません。
じゃあ、モキシフロキサシン(MFLX)と抗不整脈薬ではどうでしょう?
モキシフロキサシンの点眼液がベガモックスですが、モキシフロキサシンの錠剤はアベロックスです。
- 作者: 高久史麿,矢崎義雄
- 出版社/メーカー: 医学書院
- 発売日: 2014/01/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る
アベロックス錠
第Ⅲa世代ニューキノロンとして発売されたアベロックス。
第Ⅱ世代以上に呼吸器系組織への移行性が高く、肺炎球菌に対しての活性はキノロンの中で最も強いことが特徴です。
広い抗菌スペクトルを持ち、マイコプラズマやクラミジアなど、他の肺炎起炎菌に対しても有効なことから、レスピラトリーキノロンとして販売されました。
(後に皮膚科領域にも適応拡大)
また、ニューキノロンで初めてPK/PD理論に基づき、一日一回の最適用法で発売されて薬でもあります。
アベロックスと抗不整脈薬
アベロックスの相互作用と言えば?
そうです。
アベロックスの禁忌の欄には、
3.QT延長のある患者(先天性QT延長症候群等)
4.低カリウム血症のある患者
5.クラスIA(キニジン,プロカインアミド等)又はクラスIII(アミオダロン,ソタロール等)の抗不整脈薬を投与中の患者
とありますし、
併用禁忌の欄には、
薬剤名等クラスIA抗不整脈薬(キニジン,プロカインアミド等)
クラスIII抗不整脈薬(アミオダロン,ソタロール等)
臨床症状・措置方法
本剤を併用した場合、相加的なQT延長がみられるおそれがあり、心室性頻拍(Torsades de pointesを含む)、QT延長を起こすことがある。
機序・危険因子
これらの抗不整脈薬は単独投与でもQT延長作用がみられている。
ということで、モキシフロキサシンの内服においてはクラスⅠa抗不整脈薬ならびにクラスⅢ抗不整脈薬の併用が禁止されています。
理由は、相加的にQT延長の副作用が増大するため・・・ということですね。
また、QT延長を起こしたり起こしやすい病態においても禁忌というわけです。
そうです。
モキシフロキサシンはQT延長を引き起こすことが知られているんです。
モキシフロキサシンとQT延長
モキシフロキサシンがQT延長を引き起こす機序ははっきりとはわかっていませんが、同様の副作用はスパルフロキサシン(スパラ)でも知られています。
モキシフロキサシンはQT延長のポジティブコントロール?
ポジティブコントロール(陽性対照)とは、実験などを行う際、予め結果が陽性となることがわかっているものとして使用される標準薬剤のことです。
つまり、ある薬剤がQT延長を引き起こすかどうかを調べたい場合、その比較対象として、QT延長を確実に引き起こすものを使用する。
これがポジティブコントロール(ポジコン)です。
米国においては、モキシフロキサシンがQT延長のポジコンとして使用されているようです。
モキシフロキサシンにおいてQT延長の副作用が一般的であることがわかる話ですよね。
ストロングキノロン
じゃあ、モキシフロキサシンは使いにくいのか?
と言うと確かにそうかもしれませんが、抗菌スペクトルの広さと活性の強さ、呼吸器系組織への移行性の高さからレスピラトリーキノロンとしてとても優れた医薬品と言えると思います。
単純な風邪に使用する薬剤ではありませんが、呼吸器系リスクの高い患者の肺炎発症時には心強い選択肢になると思います。
モキシフロキサシンやガレノキサシン(ジェニナック)、シタフロキサシン(グレースビット)は従来のキノロン系が苦手としていた嫌気性菌にも効果を持ち、その高い抗菌活性からストロングキノロンと呼ばれています。
また、近年、モキシフロキサシンの結核菌に対しての効果も報告されています。
薬剤のリスクをしっかり把握し、必要な時のみ使用すると言う基本原則を徹底すれば非常に優れた薬剤であることは間違いないと思います。
不整脈とベガモックス
ベガモックスの話に戻ります。
じゃあ、クラスⅠa坑不整脈薬やクラスⅢ坑不整脈薬を服用している方や、QT延長の可能性がある方はベガモックスを使用できないのか?
そんなことはないと思います。
ベガモックスはアベロックスに比べてモキシフロキサシンの使用量は極めて少ないですし、眼組織への移行性も高いため、QT延長を引き起こす可能性は少ないことが予想されますし、実際、過去にそういった報告もないと思います。
ただ、リスクがわかり、他の選択肢があるのであればベガモックスにこだわる必要はないと眼科の先生は考えたのだと思います。
術前無菌化療法に関しても、モキシフロキサシンと高用量レボフロキサシンのどちらが優れているかの具体的なデータがある訳でなく、どちらも適していると考えられるので特に問題はありません。
ただ、処方においては問題の有無も大事ですが、その処方が処方医の意図した通りのものかどうかも大切なので、その理解に努めることは大切だと思います。
当然ながらそのために患者さんの待ち時間を増やしてしまっては本末転倒ですけどね。