以前の記事にまとめた、富士フィルムグループ 富山化学工業の新インフルエンザ治療薬アビガン(一般名:ファビピラビル)。
アビガン錠 インフルエンザ新薬 承認間近 – 薬剤師の脳みそ
3月に正式な承認を受けていますが、その後どうなったんだろう?という方も多いかと思います。
そのアビガン、ここに来て、世界から注目されています。
え?夏なのにインフルエンザ?(南半球は冬なので季節性インフルエンザのシーズンですが)
違います。
エボラ出血熱の治療薬としてです。
アビガン錠
アビガン錠ことファビピラビルは、RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤です。
RNAウイルスの増殖に深く関るRNA依存性RNAポリメラーゼを阻害することにより、インフルエンザウイルスなどのRNAウイルスの増殖を抑制します。
従来のインフルエンザ治療薬であるノイラミニダーゼ阻害剤(タミフル、リレンザ、イナビル、ラピアクタ)やM2蛋白阻害剤(シンメトレル)とは異なる作用を持つことから、すでに出現している耐性ウイルスに対しての効果が期待されています。
ノイミラニダーゼ阻害剤は細胞内で増殖したインフルエンザウイルスが細胞外に出て行くことを防ぎ、M2タンパク阻害剤は細胞内に侵入したA型インフルエンザウイルスがRNAを放出することを阻害することでインフルエンザウイルスの働きを抑制します。
それに対して、ファビピラビルはRNAウイルスの増殖に深く関わっている酵素を直接抑制することが可能です。
ちなみに、坑HCV薬として使用されているリバビリン(商品名:レベトール、コペガス)もファビピラビルと同様の作用を持ちますが効果が劣ります。
アビガン錠が発売されない理由
耐性ウイルスが出現し始めているとは言え、今のところインフルエンザ治療薬は十分揃っている状況です。
ですが、鳥インフルエンザのような新インフルエンザウイルスの出現が予想される中、従来の治療薬では効果を持たないようなケースが想定されます。
そのようなケースを想定して開発されたアビガン錠は、むやみに使用されて、耐性を持つウイルスが出現するようなことがあってはなりません。
そのため、新型インフルエンザや再興型インフルエンザウイルスが発生した際、国がその対策にアビガン錠を使用すべきと判断した場合に、初めて患者への投与が検討されることになっています。
したがって、直ちに医家向けに販売するものではなく、厚生労働大臣から要請を受けて製造・供給等を行うようになっています。
これについてはファビピラビル承認時に留意事項が通知されています。
詳しくは以下のリンク先を参照してください。
↓
JSHP
エボラ出血熱
エボラ熱の原因となるのはフィロウイルス科エボラウイルス属に分類されているマイナス一本鎖RNAウイルスです。
WHOは最近ではエボラ出血熱ではなく、エボラ•ウイルス疾患と呼んでいます。
サハラ砂漠より南にのみ存在し、アフリカのコウモリが宿主であることが知られています。
エボラ出血熱の概要
発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、嘔吐、咽頭痛、下痢、紫斑、吐血、下血などで、その致死率は50〜90%と言われています。
潜伏期間は2〜20日間、血液を介した接触感染と考えられており、感染力が強いため、針刺し事故ではほぼ100%感染すると考えられています。
空気感染や飛沫感染はないとされていますが、その致死率の高さから十分な感染防御を行った上で患者と接する必要があります。
過去の流行との比較
1976年に初めて報告され、何度か流行がありましたが、いずれも300人前後の規模でした。
ですが、今回(2014年)はすでに感染者1800人を越え、1000人もの死者が出るという大流行となっています。
これは流行している地域の問題で、エボラに関する医学的な知識が浸透していないためではないか、死者を弔う際の風習のせいではないか、変異を起こした新型であるせいではないか等の理由が考えられています。
エボラ出血熱の治療
現在のところ、エボラに対する治療薬は確立していません。
そのため、脱水症状や痛み等の対症療法、播種性血管内凝固症候群(DIC)に対する抗凝固剤を用いるくらいしかありません。
様々な治療薬、ワクチンが開発中ではあります。
その中でファビピラビル(商品名:アビガン)が治療薬になり得るのではないかと言われています。
ちなみに、リバビリンでは効果がなかったようです。
アビガン(ファビピラビル)の作用
アビガン(ファビピラビル)はどのような機序でエボラの治療に効果を発揮するのでしょうか?
その作用機序はインフルエンザウイルスに対する作用と同じです。
ウイルスの分類
ウイルスは保持するゲノム(核酸)の種類や数などにより分類されます。
人間と同じくDNAをゲノムとするのはDNAウイルス、RNAをゲノムとすればRNAウイルスです。
さらに、そのゲノムが2本鎖なのか1本鎖なのかにより、2本鎖DNAウイルス、1本鎖DNAウイルス、2本鎖RNAウイルス、1本鎖RNAウイルスに分類されます。
さらに、一本鎖RNAウイルスの場合、その極性により、一本鎖プラス鎖RNAウイルス((+)RNAウイルス)と一本鎖マイナス鎖RNAウイルス((−)RNAウイルス)に分類されます。
この分類とは別に、逆転写酵素を持つウイルスとして、1本鎖RNA逆転写ウイルスと2本鎖DNA逆転写ウイルスがあります。
ゲノム | 様式 | その他 | 分類 | 代表例 |
---|---|---|---|---|
DNA | 2本鎖 | – | 2本鎖DNAウイルス | ヘルペスウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス |
1本鎖 | – | 1本鎖DNAウイルス | パルボウイルス科 | |
不完全 | 逆転写 | 不完全2本鎖DNAウイルス | B型肝炎ウイルス(HBV) | |
RNA | 2本鎖 | – | 2本鎖RNAウイルス | ロタウイルス |
1本鎖 | プラス鎖 | 1本鎖(+)RNAウイルス | コロナウイルス、C型肝炎ウイルス(HCV) | |
マイナス鎖 | 1本鎖(-)RNAウイルス | インフルエンザウイルス、エボラウイルス | ||
逆転写 | 1本鎖RNA逆転写ウイルス | ヒト免疫不全ウイルス(HIV) |
ウイルスの増殖
ウイルスは生体内に感染した後、どのように増殖するのでしょうか?
ウイルスというのは、通常の生物と異なり、細胞を持ちません。
DNAやRNAなどのゲノムとそれを包む構成タンパクのみでできています。
そのため、ウイルスの増殖には、ゲノムの複製と構成タンパクの合成が必要です。
DNAウイルスの増殖
DNAウイルスは生体内に感染後、宿主細胞の酵素を用いて増殖します。
宿主細胞自身のDNAを複製するためのDNAポリメラーゼ(DNA依存型DNAポリメラーゼ)を利用して、DNAウイルスのゲノムDNAが複製されます。
また、宿主細胞のDNAをmRNAに転写するためのDNA依存型RNAポリメラーゼを利用して、DNAウイルスのDNAはmRNAに転写され、その後、構成たんぱく質への翻訳が行われます。
まさに、細胞に寄生する形です。
RNAウイルス(一本鎖マイナス鎖RNAウイルスの増殖)
インフルエンザウイルスやエボラウイルスが属する一本鎖マイナス鎖RNAウイルスを例に挙げます。
RNAウイルスはDNAでなくRNAをゲノムとするため、その複製にはRNAを鋳型としてRNAを合成するRNA依存性RNAポリメラーゼが必要となります。
ですが、人間を含む真核生物はこの酵素をほとんど持っていません。
そのため、RNAウイルスは自身の持つRNA依存性RNAポリメラーゼを用いてRNAの複製を行います。
さらに、(-)RNAウイルスの場合、保持する(-)RNAはそのままではmRNAとしての機能を持ちません。
(+)RNAはそのままmRNAとして働きます。
つまり、(-)RNAからRNA依存性RNAポリメラーゼにより(+)RNAが転写され、それを元に構成タンパクが翻訳されます。
また、(+)RNAから(-)RNAが転写され、それによりゲノムの複製が完了します。
※ちなみに、核酸転写酵素の命名は、前半が鋳型となる核酸、後半が転写される核酸を示しています。
アビガン(ファビピラビル)の作用機序
ファビピラビルは、RNAを構成するシトシンやウラシルに、一部類似の構造をもっています。
そのため、RNA依存性RNAポリメラーゼはシトシンやウラシルと勘違いしてファビピラビルを取り込んでしまいますが、一度取り込まれたファビピラビルはRNA依存性RNAポリメラーゼと強く結合し、その働きを阻害します。
結果、ファビピラビルはRNA依存性RNAポリメラーゼを阻害することでインフルエンザウイルスの増殖自体を抑えることができます。
このように、ファビピラビルはRNAウイルスの増殖に欠かすことができないRNA依存性RNAポリメラーゼを阻害することによりRNAウイルスの増殖を抑えることができます。
つまり、インフルエンザに関わらず、RNA依存性RNAポリメラーゼを利用して増殖するエボラウイルスなど様々なウイルスに対して効果を発揮する可能性があるというわけです。
実際の効果は臨床試験や実際の使用を踏まないとわかりませんが、動物実験ではエボラに対する効果があったと言われています。
※実際の転写、複製にはポリメラーゼ以外にも様々な酵素が関与していますが今回は省略しています。
ちなみに、HIVはRNA依存性RNAポリメラーゼではなく、逆転写酵素(RNA依存性DNAポリメラーゼ)を利用して増殖します。
坑HIV薬のひとつである逆転写酵素阻害剤はRNA依存性DNAポリメラーゼ阻害剤です。
アビガン(ファビピラビル)が有効なウイルス
参考までに一本鎖RNAウイルスの一覧をまとめてみます。
これらに対してもファビピラビルが有効である可能性があることになります。
- アレナウイルス科 : ラッサウイルス
- オルトミクソウイルス科 : インフルエンザウイルス
- カリシウイルス科 : ノロウイルス
- コロナウイルス科 : SARSウイルス
- トガウイルス科 : 風疹ウイルス
- パラミクソウイルス科 : ムンプスウイルス、麻疹ウイルス、RSウイルス
- ピコルナウイルス科 : ポリオウイルス、コクサッキーウイルス
- フィロウイルス科 : エボラウイルス
- フラビウイルス科 : 黄熱病ウイルス、デング熱ウイルス、C型肝炎ウイルス
- ラブドウイルス科 : 狂犬病ウイルス
- レトロウイルス科 : ヒト免疫不全ウイルス
ちなみに、C型肝炎ウイルス、黄熱病ウイルス、ポリオウイルス、RSウイルス、ラッサウイルス、ノロウイルスには効果を示したという実験結果があるようです。
ファビピラビルと耐性
ただ、ウイルス治療薬では突然変異による耐性も気になるところです。
インフルエンザウイルスにファビピラビルを使用した場合は、従来使用されるノイラミニダーゼ阻害剤(三世代で耐性出現)に比べて耐性化が起こりにくい(十世代で耐性出現)と言われていますが、エボラの場合はどうなんでしょうか?
RNAウイルスの増殖過程でRNAの転写が行われますが、RNAは複製エラーが起こりやすいため変異が生じやすいです。
また、(-)RNAウイルスは複製のために二回転写が行われるため、変異が起こりやすくなります。
変異の起こりやすさには他にも様々な理由がありますが、エボラウイルスの場合、どうなんでしょうか?
宿主の致死率があまりに高いため、変異が生じてもウイルス自体が生き残れないという考えもあるようですが、治療薬が出現すれば事情は変わってきますね。
そのほかの治療薬候補
ワクチンが開発中でしたが、今回のエボラウイルスが変異型であれば、また開発し直しになるかもしれません。
特定の遺伝子の発現を妨げる低分子干渉RNA(siRNA)剤を脂肪で包み、感染細胞で効果を発揮させる治療法も開発中です。
さらに、今回の大流行に伴い、アメリカではヒト化モノクローナル抗体を利用した薬剤(ZMapp)が使用され、ポジティブな効果を示したとされています。
まとめ
今回のエボラの大流行はどう収束していくのか不安ですが、現在、様々な治療薬が開発中です。
その中で日本発のファビピラビルがエボラ治療薬の一つの選択肢になればと思います。
ちなみに、ファビピラビルは催奇形性があります。
シトシンやウラシルに類似の構造である以上、生体内の細胞分裂に影響してしまうのはある程度やむを得ないのかもしれません。
そのため、妊娠中もしくはその可能性がある女性はもちろんのこと、男女ともに服用終了後七日間は避妊を行う必要があります。
エボラへの治療であってもこの点は注意が必要ですね。
WHOも未承認薬の使用を認めるということなので、ファビピラビルも使用されていくかもしれません。
ただ、未承認薬である以上、効果や副作用は未知数の部分がありますし、効果があるとしても生産量は多くないので、急に流通することも難しいです。
今後の展開を見守っていきたいと思います。