(元々は2016年7月8日の記事ですが、内容を修正しています。)
今回は前立腺肥大症(Benign Prostatic Hyperplasia:BPH)に用いるα1ブロッカーの違いについてまとめます。
α1受容体サブタイプの選択性の比較を中心にまとめています。
普段、泌尿器の処方を受けている方には当たり前の内容ですが、そうでない方や新人薬剤師さん、薬学生や実習生を対象に書いてみます。
春になると新卒薬剤師を指導する機会が増えますね。
普段、何気に行っている業務。
長年続けていると慣れてしまっているものですが、フレッシュな新人薬剤師の目には疑問でいっぱいです。
思わぬツッコミにたじろいでしまうこともありますよね。
でも、教える方も教わる方もこれが大事なんですよね。
お互いに刺激しあって、成長できるいいチャンスです。
皆さん、いろんな方法で新人教育を行っていると思いますが、薬の勉強をするとき、薬効分類ごとの違いが説明できるように、同じ薬効分類であれば薬ごとの違いが説明できるようになりなさいと教えています。
そんな中、受けた質問。
「前立腺肥大症のα1ブロッカーって何が違うのですか?やっぱ強さで使い分けてるんですかね?」
あまり強い弱いといった言葉で薬を区別するなって言ってるのに。。。
前立腺肥大症と交感神経α1受容体
まずは、前立腺肥大症とアドレナリンα1受容体についてまとめます。
前立腺肥大症の症状
前立腺肥大症には以下のような症状があります。
- 残尿感:おしっこが終わった後もまだ尿が残っている感じがする
- 排尿後尿滴下:おしっこが終わった後も尿が垂れてしまう
- 頻尿:トイレが近い(1日8回以上が目安です)
- 夜間頻尿:就寝中にトイレで目が覚める
- 尿意切迫感:突然我慢できないような強い尿意が起こる
- 尿線分裂:尿が分かれて出てしまい飛び散る
- 排尿遅延:お腹に力を入れないと尿が出ず、尿が出始めるまでに時間がかかる
- 尿勢低下:尿の勢いが弱く、細くチョロチョロとしか出ない
- 尿線途絶:尿が途中で途切れる
このような排尿障害の症状を軽減させることを目的として、治療を行います。
前立腺肥大症の第一選択薬α1ブロッカー
前立腺肥大症の第一選択薬といえばα1ブロッカーです。
アドレナリンα1受容体は全身に分布して様々な筋肉の収縮に関わっています。
- 血管平滑筋
- 瞳孔散大筋
- 前立腺平滑筋
- 膀胱括約筋
前立腺肥大症においては、下の2つの筋肉(前立腺平滑筋、膀胱括約筋)に対する作用が重要になります。
交感神経アドレナリンα1受容体のうち、下部尿路に存在するものを阻害し、前立腺の平滑筋を弛緩させることで、尿道抵抗を改善、前立腺肥大症に伴う排尿障害を軽減する効果があります。
アドレナリンα1受容体のサブタイプ
α1受容体にはα1A、α1B、α1Dと言う三つのサブタイプがあります。
(α1Cはα1Aと同じ)
サブタイプにより、体内での分布が異なります。
主な分布は以下のとおりです。
- α1A:前立腺平滑筋
- α1B:血管平滑筋
- α1D:膀胱括約筋(前立腺平滑筋)
前立腺におけるα1受容体の分布
前立腺平滑筋にはα1A受容体が主に分布していますが、全てがα1Aと言うわけではありません。
その細かい分布についても明らかになっており、前立腺肥大症になるとα1Aの割合が増えることがわかっています。
正常な前立腺組織においては、α1受容体の分布割合は、α1A:α1B:α1D=63:6:31
前立腺肥大症の前立腺組織では、α1A:α1B:α1D=81:1:14
となっており、α1Aが優位になっていることがわかります。*1
ただし、肥大前立腺の移行領域においては、α1A:41%、α1D:49%という報告もあり、症例によってはα1A・α1Dが同等であることがわかります。*2
ちなみに、血管平滑筋はα1Bがほとんどで、α1Dは存在しないようです。
膀胱括約筋はα1Dがほとんどです。
前立腺肥大症に使用されるα1ブロッカー
「前立腺肥大症に伴う排尿障害」の適応を持つα1ブロッカーには以下のものがあります。
- 塩酸プラゾシン(製品名:ミニプレス)
- 塩酸テラゾシン(製品名:ハイトラシン、バソメット)
- ウラピジル(製品名:エブランチル)
- 塩酸タムスロシン(製品名:ハルナール)
- ナフトピジル(製品名:フリバス)
- シロドシン(製品名:ユリーフ)
α1ブロッカーには前立腺肥大症に使用される以外に、高血圧に対して使用されるものがあります。
- 塩酸プラゾシン(製品名:ミニプレス)
- 塩酸テラゾシン(製品名:ハイトラシン、バソメット)
- ウラピジル(製品名:エブランチル※)
※エブランチルについては「神経因性膀胱に伴う排尿障害」の適応もあり
ちなみに、高血圧に対しての適応しか取得していないのは以下のものです。
- ブナゾシン塩酸塩(製品名:デタントール)
- ドキサゾシンメシル酸塩(製品名:カルデナリン)
α1ブロッカーとサブタイプの選択性
前立腺肥大症に使用されるα1ブロッカーと高血圧に使用されるα1ブロッカー。
これらの違いは何かというと、α1サブタイプに対する選択性によるものです。
上にも書いたように、α1受容体には複数のサブタイプが存在します。
どのサブタイプに対して選択性を持つかにより、主たる作用が異なリマス。
例えば、高血圧に対する適応のみを持つブナゾシンとドキサゾシンはα1Bに対する親和性が高いα1B受容体拮抗薬です。
逆に、α1Bに対する親和性が低ければ、血圧降下作用(α1ブロッカーの代表的な副作用は起立性低血圧)が弱くなります。
さらに、前立腺平滑筋で優位とされるα1Aに親和性が高ければ前立腺肥大症による排尿障害に対する効果が強くなりますし、膀胱括約筋で優位のα1Dに対する親和性が高ければ頻尿などの膀胱刺激症状に対する効果が強くなるということです。
各薬剤の特性を知るために、前立腺肥大症に使用されるα1ブロッカーのサブタイプ選択性について、第一選択薬として使用されているタムスロシン塩酸塩、ナフトピジル、シロドシン(いわゆる第二世代)を中心にまとめてみます。
タムスロシン塩酸塩
- ハルナールD錠
- リストリームOD錠
- パルナックカプセル
ハロネールカプセル- タムスロシン塩酸塩錠
- タムスロシン塩酸塩OD錠
- タムスロシン塩酸塩カプセル
前立腺肥大症に使用されるα1ブロッカーの代表格ですね。
α1A/α1Dに選択性を持つα1ブロッカーです。
サブタイプの選択性を比較した研究によると、α1Bへの親和性を1とした場合、α1Aは15.3、α1Dは4.6となっています。
α1A:α1B:α1D=15.3:1.0:4.6となるので、α1Aに対する親和性が比較的高いですが、選択的α1Aブロッカーと言えるほどの差ではありません。
(選択的と言うには親和性で100倍の差が必要)
ちなみにタムスロシン製剤はどの剤形も徐放製剤となっています。
意外と知られていないようですが、先発医薬品のハルナールOD錠(口腔内崩壊錠)も徐放製剤です。
徐放製剤とすることで1日1回の用法を可能としています。
また、それに伴い、血中濃度の急激な立ち上がりを防ぎ、起立性低血圧等の副作用の発現を比較的少なくできています。
ただし、最高血中濃度に達するには8時間程度かかり、効果発現に少し時間がかかります。
ハルナールの販売開始当初はカプセル剤(ハルナールカプセル ※現在は製造中止)でしたね。
ナフトピジル製剤
- フリバス錠
- フリバスOD錠
- ナフトピジル錠
- ナフトピジルOD錠
α1D/α1Aに選択性を持つα1ブロッカーです。
サブタイプを用いた研究によると、α1Bへの親和性を1とすると、α1Aは5.4、α1Dは16.7となっています。
α1A:α1B:α1D=5.4:1.0:16.7なので、α1Dに対する親和性が比較的高いですが、選択的α1Dブロッカーと言えるほどではありません。
ただ、他の薬剤と比べて、α1Dに対する親和性が高いことから、夜間頻尿等の膀胱刺激症状に対する効果が期待されます。
また、前立腺でのα1受容体サブタイプの分布割合には個人差があるようで、α1A受容体遮断作用よりもα1D受容体遮断作用の方が排尿障害に効果を発揮することもあるようです。
ナフトピジル自体の特性として消失半減期が10.3〜20.1時間と長いため、1日1回の投与を可能としています。
また、起立性低血圧等の副作用の発現も少なくなっています。
服用後約1時間で最高血中濃度に達するため、効果発現が早いという特徴を持ちます。
ちなみに、販売開始当初はフリバス(旭化成)とアビショット(シェリング・プラウ ※現MSD)の2銘柄で併売されていましたね。
シロドシン製剤
- ユリーフ錠
- ユリーフOD錠
ヒトα1アドレナリン受容体サブタイプを用いた研究によると、α1Bへの親和性を1とすると、α1Aは583、α1Dは10.5となっています。
α1A:α1B:α1D=583:1.0:10.5なので、文句なしの選択的α1A受容体遮断薬と言えます。
前立腺肥大症による排尿障害に対する効果が期待でいる反面、α1D受容体への親和性が低いため、膀胱刺激症状に対する効果はあまり期待できません。
半減期は6時間程度で徐放製剤でもないので、1日2回の服用となっています。
1時間程度で最高血中濃度に達するため、効果発現は早いのですが、そのせいか起立性低血圧等の副作用は比較的多いです。
また、α1Aへの選択性が強いため、他の薬剤では見られない逆行性射精といった射精障害の副作用が見られます。
(尿道の抵抗性が下がりすぎたり、精嚢や精管に存在するα1Aを遮断し弛緩させてしまうことで精液が逆流してしまう)
ちなみに、販売投与は剤形はカプセルのみ(ユリーフカプセル ※現在製造中止)でしたね。
そのほか(第一世代)のα1ブロッカー
他のα1ブロッカーのサブタイプ選択性についてまとめておきます。
- 塩酸プラゾシン(薬剤名:ミニプレス)→α1A:α1B:α1D=1.5:1.0:3.7
- 塩酸テラゾシン(製品名:ハイトラシン、バソメット)→α1A:α1B:α1D=0.38:1.0:1.1
- ウラピジル(製品名:エブランチル)→α1A:α1B:α1D=0.37:1.0:0
やはり、第1世代についてはα1A/α1Dの選択性が低いですね。
高血圧との合併例でないと使用しにくいかもしれません。
エブランチルについては、「神経因生膀胱に伴う排尿障害」の適応があるので、女性に使用できるというメリットがありますね。
まとめ
というわけで、Drの考え方にもよりますが、患者さんの訴える症状により、最初に使用されるα1ブロッカーは変わってきます。
前立腺肥大症でも、排尿障害症状だけならユリーフ(成分名:シロドシン)。
排尿障害と夜間頻尿の両方の症状があればハルナール(成分名:タムスロシン)。
排尿障害はあまりなく、膀胱刺激症状がメインであればフリバス(成分名:ナフトピジル)。
ただ、ユリーフは副作用の頻度が高いため、症状の強さによっては、ハルナールと使い分けることもあると思います。
しばらく服用した後、効果や症状の変化によって変更していくことも多いですし、シロドシンやタムスロシンで効果がない場合は、前立腺でα1Dが優位になっている可能性を考えてナフトピジル(フリバス)に変更してみることもあると思います。
それぞれの特徴を捉えた上で、改めてDrの処方を見てみると、いろんな考えが見えてきて勉強になりますね。
補足:α1ブロッカーと白内障手術
少し余談になりますが、α1ブロッカーに特徴的な副作用として、術中虹彩緊張低下症候群(Intraoperative Floppy Iris Syndrome: IFIS)があります。
α1遮断薬服用中に白内障手術中を行うことで、術中に「水流による虹彩のうねり」、「虹彩の脱出・嵌頓」、「進行性の縮瞳」の3つを主徴とする虹彩の異変が生じることがあります。
突然発生すると、白内障手術を困難にしてしまうことがあるため、α1ブロッカーを服用中の患者さんが白内障手術を受ける場合には、事前に眼科医に服用の旨を伝えれるような指導が必要ですね。
*1:Nasu K, Moriyama N, Kawabe K, Tsujimoto G, Murai M, Tanaka T, Yano J. Quantification and distribution of α1-adrenoceptor subtype mRNAs in human prostate: comparison of benign hypertrophied tissue and non-hypertrophied tissue. Br J Pharmacol 1996; 119: 797-803
*2:Kojima Y, Sasaki S, Shinoura H, Hayashi Y, Tsujimoto G, Kohri K. Quantification of alpha1- adrenoceptor subtypes by real-time RT-PCR and correlation with age and prostate volume in benign prostatic hyperplasia patients. Prostate 2006; 66: 761-767