人間ドックの新基準について考えてみる

日本人間ドック学会が発表した健康診断の新指標。
その内容が高血圧の診断を緩めるように見えるものだったため、テレビ報道などの影響もあり、患者さんの混乱を引き起こしてしまいました。
実際、薬局の窓口で処方医の考えに疑問を投げかけてくる患者さんもいます。
今回はこのことについて、個人的な考えを含めてまとめてみたいと思います。

人間ドック学会公表の健康診断の新基準

平成26年4月4日、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が新たな検査値の基準値を公表しました。
ここで一つ大事なポイントなんですが、公表されたのはあくまでも新基準「案」です。
今後5〜10年の追跡調査などを行って基準値を決めると人間ドック学会も発表しているのですが、報道ではその部分にあまり触れられておらず、あたかも新基準が採用されるように誤解してしまった人が多いのではないでしょうか?

新基準案の代表的な項目

今回、新基準案が公開されたのは27項目です。
その内、薬局でも話題に上がりそうな項目について、新基準案と現行の基準値をまとめてみました。

新基準案現行
BMI男性18.5~27.718.5~24.9
女性16.8~26.1
血圧収縮期88~147~129
拡張期51~94~84
空腹時血糖男性83~114~99
女性78~106
TC男性151~254140~199
女性 30~44歳145~238
女性 45~64歳163~273
女性 65~80歳175~280
HDL-C男性40~9240~119
女性49~106
LDL-C男性72~17860~119
女性 30~44歳61~152
女性 45~64歳73~183
女性 65~80歳84~190
TG男性39~19830~149
女性32~134
γーGTP男性12~84~50
女性9~40
尿酸男性3.6~7.92.1~7.0
女性2.6~5.9
クレアチニン男性0.66~1.08~1.00
女性0.47~0.82~0.70
e-GFR30~44歳62~11160.0~
45~64歳55~100
65~80歳50~94

かなり多くの値が緩和されたように見えます。
ご自身の健康診断の結果と比べて、再検査と言われたのにこの基準だと異常なしになる人もいるかもしれません。
男性の尿酸値は診断基準(7.0以上)をこえてますね。

各専門学会の診断基準との比較

では、専門学会が定めている診断基準と比べてどうなのか?
血圧と血中脂質について各ガイドラインと比較してみます。

血圧

日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2014」(JSH2014)と比較してみます。

新基準案学会診断基準
血圧収縮期88~147140
拡張期51~9490

人間ドックの新基準では147/94までが正常とされるのに対し、JSH2014では140/90以上が高血圧とされています。

血中脂質

日本動脈硬化学会「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版」との比較です。
LDLとTG(中性脂肪)について見てみます。

新基準案学会診断基準
LDL-C男性72~178140未満
女性 30~44歳61~152
女性 45~64歳73~183
女性 65~80歳84~190
TG男性39~198150未満
女性32~134

TGについては女性は問題ないですが、男性については人間ドックの新基準が学会の診断基準を大きくこえてます。
LDLに至っては、男女ともに、年齢に関わらずこえている状態です。

新基準案と報道がもたらした混乱

最初に述べたように、今回日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が発表したものはあくまでも新基準の案です。
ですが、それが学会の示す基準値とも違うし、従来の人間ドックの値とも違う。
しかも、今回発表された値の方が緩めの値と言うことで、その部分ばかりに注目して報道された結果、あたかも、診断基準が変わったかのような印象の報道となってしまいました。

その結果、今までの診断は厳しすぎたのではないか?
ディオバン問題と絡めて、製薬会社や病院、薬局が儲けるために必要のない人にまで薬を使っていると言う風な報道までされてしまいました。
これを見た患者さんは自分も治療は必要ないんじゃないかと混乱してしまったと思います。

日本人間ドック学会の新基準と専門学会のガイドラインの違い

では、何故このような、新基準と診断基準の開きが生じたのでしょうか?
専門学会については言うまでもなく、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会だって学術的なデータを元に新基準を考えています。

150万人のメガスタディー

日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が作った新基準は、150万人の人間ドックデータを元に作成されたものです。

健康人、超健康人の抽出

米国のNational Committee for Clinical Laboratory Standards(NCCLS)、現Clinical Laboratory Standard Institute(CLSI)の定義に従い、

  1. 既往歴に悪性腫瘍、慢性肝疾患、慢性腎疾患などの疾患のない者、ないしは入院歴のない者
  2. 退院後1か月以上経過している者
  3. 現病歴で下記の事象がない者
  4. 薬物の常用(高血圧、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症などの疾患の治療のため)
  5. B型肝炎あるいはC型肝炎
  6. BMI値:25未満
  7. 喫煙なし
  8. 飲酒1合/日未満
  9. 血圧:130/85mmHg未満

に当てはまるものを抽出し、それを健康人のデータとしています。
なお、BMIと血圧に関しては、その検査値の判定においては抽出条件から除外しているようです。
そこからさらに、検査値と関連する検査項目で異常値をもつものを除外し、超健康人としています。

新基準案の決定

この超健康人の検査値を正規化(べき乗変換)し、95%信頼区間に当てはまるものを正常範囲、つまり今回の新基準案としています。

この方法は正常範囲を決定する方法として正確な方法ですし、150万人もの大規模なデータを基にした基準値と言うのはなかなか他にはないのではないかと思います。
つまり、それだけ正確なデータと言えると思います。

専門学会のガイドライン

これに対して、医学系専門学会が作成している診断基準や目標値はどのように決められるのでしょうか?

将来的なリスクを踏まえた診断基準

前回、新しいガイドラインをまとめた高血圧を例にします。

高血圧と言うのは自覚症状に乏しいものですが、高血圧状態が続くことで動脈硬化を引き起こし、脳血管障害や虚血性心疾患、腎疾患などの原因となってしまいます。

専門学会のガイドラインにおいては、この将来的なリスクを考慮し、どの程度の血圧を越えるとこのリスクが高まるかと言うことを調査、試験した上で診断基準を決めています。

二つの基準の違い

人間ドック学会のものは、現在健康な人の数値をまとめたもの。
専門学会のものは将来的なリスクを踏まえた数値をまとめたもの。
現時点だけを見るか、将来の疾患を予防するか、この違いです。

なので、新基準の範囲に入ったからと言って安心できるというのは違います。
そもそも、新基準はあくまでも案にすぎません。

まとめ

人間ドック学会の基準値は検診で用いるものですから、患者自身が自己判断に使う基準値とも言えます。
それに対して、専門学会のものは医師が診断に用いるものです。
本来、患者自身が自己判断に使う、つまりは受診するかどうかの判断に使うべきものの方が厳しくないといけない(全ての危険因子を含むべき)のに、今回の新基準案では逆転している部分があることが一つの大きな問題です。

個人的にはこの基準値の出し方は正しいし、非常に有意義なデータとは思うのですが、どう活用するかが問題かなと思います。
上で述べたように、診断基準とは大きく考え方が異なりますし、かと言って、患者さん自身の間違った自己診断を促すものになってしまってもいけません。

健康とはどういう状態を示すのか。
現時点で体に異常がなければ、将来へのリスクが高くてもいいのか?
専門用語ではなく、誰でも知っている「健康」と言う言葉だけに、そういった概念を整理しないといけないのかもしれませんね。

 

医療用医薬品情報提供データベースDrugShotage.jp

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